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キャリアという言葉がきらいです

3歳になる前の子どもと一緒に過ごす時

注意がかならず子どもに向いていなくてはならない

 

危険なことをしないかということだけでなく

一緒に感じること

 

子どもと同じことをただひたすらにして

子どもの興味関心の対象をいっしょに見つめ、自分も子どもと同じように発見し喜び

子どもの反応に共鳴し

子どもが困っていたらヒントを与えその困難を乗り越えさせ

乗り越えられたことを褒め、共に喜ぶ

 

素直にそうできるときもあるし、

私の中の義務感でそうしているときもある

 

「あれやらなきゃ」「これやりたいな」と考え出すと

大人の時計が動き出して子どもに”つき合う”のが辛くなる

いわゆる「仕事」のことだ

 

外で働けば会社にいる時は仕事について考え

うちに帰れば家事と子どもと遊ぶことに原則集中すればよい

という区切りがはっきりとするのだろうと想像するが

(子どもといても仕事のことを考える事が悪と納得しやすい環境)

 

自宅での自営業の場合では、

特に手が空いた時に「仕事」をこなすという働き方では

自律的に切り替える他ない

 

特に現時点では何曜日の何時などと、

きまった時間で仕事ができるという環境にないため、

そもそも手隙の時間は自分で工夫してつくるしかないし

時間的な制約があるタスクとそうでないタスクを分け

たとえ夜中の3時だろうと、時間的な制約がないタスクをこなさなければならない

 

私は自分がこうしたいという考えがあると、

素直に子どもと遊べないので

ある時からこうしたいを原則、家事に限定して考えることにした

 

動画を見せるだけじゃなくて遊べ、と。

コミュニケーションをとってほしいのだと。

いやとは言わないじゃないか

遊ぶ時にFBを見るなということだけ自制してくれればそれでいいのだ

それくらいいくらなんでもできるだろう