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精神面の成長2

■精神面の変化のもう1つは「生きることは苦行である」という前提に気づいた事

 

それまで、概念として仏教ではそう考えるということは知っていたが、まったく実感がなかった。

なぜなら私は自分に自信があり、希望に満ちて生きていたから。

自分を「とるに足る」人間だと思っていた私にとっては前提が違った。

 

子育ては今まで味わった事のない苛立ちを毎日感じることだった

自然を相手にして思い通りに行くと思い込む方が危険なのに、アッパーな万能感をもっていた私にとって思い通りにならない毎日のストレスは負荷が高かった

 

また「歴史上誰しもが当然にやってきたことなのだからできないはずがない」というのはアッパーな思考パターンの罠である。他人がどうだから、世間がどうだから、ではなく今ここにある苦しみを楽にさせてあげることに集中したほうがよい。

 

苛立つ自分が嫌いなので、どうにか楽になりたいと思うと、「生きる事は苦しい」という前提に立てば、まあしょうがないかと思えるし、今までは当たり前だった幸せにも感謝できる。

 

まあ、これは「一周回って」気づく世界なのかもしれない。

子どもから大人になるにあたり「自分はとるに足る人間だ」という自己肯定感はあったほうがいいと思うが、これもアッパーな思考だろうか。そのまま突き抜ける大人もたくさんいるだろうし、Capitalismにおいてはそのほうが成功しやすいように思える。そんな中、ビジネス界でも仏教的な考え方や瞑想を好む人が出てきているのはどういう現象なのか、改めて興味がわいてくる。

 

なお、夫はどう思うかなと思い聞いてみたら、「子どもは未熟なんだからできないというのが当たり前、だからこそ出来たときの達成感はひとしお」と言っていた。まあやるかどうか、それでできるようになったかどうかが大事で、捉え方はどうでもいいのだけれど。